いつも、雨
いっぽう一夫は、領子(えりこ)を送り届けた後、現場で夕方まで働き、そのあと、本当に竹原邸を訪ねた。


「あら。宇賀神(うがじん)さんじゃありませんか。ご無沙汰いたしております。……今日は……どうされましたか?」

笑顔で佐那子が迎えた。


「はい!ご主人と奥さんにお願いがあって参りました!突然すんません!」

一夫は、いつもより勢いよく言った。


佐那子は困った顔になった。

「……そうですか。ええと……主人は仕事で出かけてまして……たぶん、今夜は遅くなると思うのですが。」

申し訳なさそうな表情に、哀しみの色が隠し切れていなかった。


……「今夜は」ではない。

ここ数日、要人は、家に寄りつかない。

秘書の原に聞くところによると、会社にいる時間も少なく、仕事にも身が入っていないらしい。

何か、つらいことがあったようだ。

仕事のことではない。

家庭も表面的には円満だ。


……ということは……外の女性との関係……しかないのよね。




「はあ。そうですか。……ええと、社長に会いたいんですけど、いつやったら居はりますか?」

一夫の質問に、佐那子は苦笑した。

「ごめんなさいね。お仕事の関係のことは、私には、よくわからないの。……会社で逢える時間を取ってもらえるように秘書に伝えますわ。そのほうが確実だと思います。」

「……そうですか。ほな、お願いします。」

明日、東京に同行してもらう……というわけにはいかないようだ。

見るからにしょんぼりしている一夫に、佐那子は笑顔を見せた。

「主人はおいといて……私に、先に要件を教えていただけません?お役に立てるかわかりませんが、根回しさせていたしますわ。」


一夫は一瞬ためらって……意を決したように、口を開いた。

「はあ。ほな、よろしくお願いします。……わし、結婚するんですわ。それで、社長と奥さんに仲人を頼めんやろか思て。」

「まあっ!おめでとうございます!」

佐那子は手を叩いて祝福して……はたと、気づいた。


……宇賀神さん、天花寺(てんげいじ)の橘領子さまのところに日参してたわよね?


まさか……お相手は……まさかね?


笑顔で固まった佐那子に、一夫は頭を掻いた。
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