いつも、雨
翌日、始発の新幹線で一夫は東京へと向かった。

領子の同行を断わって独りで来たものの……慣れない乗り換えに四苦八苦。

ホームを間違え、乗る電車を間違え、降りたい駅を通過され、また戻り……ようやく辿り着いた時には、一夫は既にぐったりしていた。




「……申し訳ありません。旦那さまは、ただいま、外出しておられまして……。」

奥の方から「帰ってもろて!」と、恭風の声が聞こえているのに、取次に出た年嵩の女性は一夫にそう言った。


「はあ。そうですかぁ。……そやけど、子供の使いやあるまいし、帰れ言われて帰れませんねん。すいませんけど、お兄さんが会うてくれはるまで、こちらで待たしてもらいます。」

一夫はそう言って、玄関の土間にどかりと座り込んだ。


「あの、困ります。……やめてください。」


オロオロする女性に一夫はあっけらかんと言った。

「せやけど、外で待ってて不審者と間違われて近所のヒトに通報されたら、却って迷惑かけてしまいますやろ。……ほら、禅宗のお坊さんかて、なんぼ入門を断わられても玄関で待ってますわ。あれとおんなじやと思ってください。」



いくら彼女に請われても、一夫は頑として譲らず、恭風のお出ましを待った。







その頃、佐那子から頼まれた秘書の原は、行方不明の要人をようやく探し当てた。

「……不粋やな。一見(いちげん)さん、お断りやのに……。」

酒の匂いのみならず、白粉の匂いと派手な羽織を半天のように身にまとって、要人はお茶屋に上がり込んできた原を不快そうに見た。


羽織の下のシャツはかろうじていくつかのボタンがとまっているだけという乱れっぷりに、原は思わず目をそらした。

「確かに。日曜の午前中にこんなとこまで押しかけて、すみません。……いつものお茶屋じゃないから、探しました。……奥さまが夕べからお待ちです。」


要人は額を抑えて、息をついた。

「……要件は?……まあ、聞かんでもわかるけど。宇賀神くんが来てんろ。逢って話せってか?……佐那子は?どんな様子やった?」


原はなるべく無表情のまま、淡々と答えた。

「奥さまは、社長が天花寺さまを説得して、橘領子さまと宇賀神さんの縁談をまとめてほしいそうです。」


要人の顔がゆらりと歪んだ。
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