いつも、雨
「……すまんな。働かんと、領(えり)ちゃんや、百合子ちゃんを、食わしていけへんからなあ。……せやけど、休みの日ぃは、ずっとそばにいるから。堪忍してな。……そや。領ちゃん、ボランティア、せえへんか?」

「ボランティア……。」


領子の目がキラッと輝いたのを、一夫は意外に思った。


「……興味あるんか?なんや。ほな、もっと早ぉにお願いしたらよかったなあ。ずっとJC(日本青年会議所)の仲間に、手伝ってくれて頼まれてたんやけど、領ちゃんに、ただ働きさせるわけにはいかんと思ってたんや。」


「まあ!ただ働きなんて!社会奉仕は立派な行為ですわ!」

領子は、立ち上がってそう力説した。



東京に居た頃……橘家の嫁だったころ、姑に連れられて社交界のおつきあいの延長上のボランティア活動にいそしんでいた。

さすがに、京都の、一介の大工の女房に落ち着いたからには、そういった華やかな世界は遠のいた……はずだった。


しかし、要人の助けもあり、一夫の店は大きくなった。

いつの間にか、一夫は要人の引き立てで、経済界の末端に名を連ねている。




……要人が、領子を再び華やかな世界へ引っ張りだそうとしている……。

一夫は、そのことに薄々気づいていた。



しかし、まさか領子がこんなにもはしゃぐと思わなかった。

どうやら、自分はまだまだ、最愛の妻のことをよくわかっていないらしい。


一夫は、多少くやしく感じながらも、領子が望むなら……と、積極的に、後押しした。






領子の日常が、次第にアクティブになっていった。

朝、着物を選び、髪を整え……忙しそうに出かける準備を整えている領子は、見るからに、活き活きしていた。

以前より年を重ねたというのに、領子は華やぎを取り戻し、美しさにさらに磨きがかかったようだった。


そんな妻がまぶしくて……一夫は、ますます領子を溺愛した。

領子は、幸せだった。





そして、もう1人。

要人もまた、迂闊にも、領子に惚れ直してしまっていた。


各所のパーティーや会合で、美しく装った領子の姿を見かけることが増える。

とりもなおさず、それは、領子をホテルの一室に引っ張り込む機会が増えたということだ。


要人と領子は、はかない蜜月のような逢瀬を重ね、楽しんだ。


罪悪感はもちろん消えないが、やはり、幸せだった……。

< 393 / 666 >

この作品をシェア

pagetop