いつも、雨
1人は、日本舞踊の家元の孫で跡取りだという梅宮彩乃くん。
女性みたいな名前と、女性と見紛うばかりの美貌を持つ彩乃くんは、実家と学校と家元を行き来して日舞に邁進し忙しい日々を送っている。
もう1人は、この松本聖樹(せいじゅ)くん。
フランス人の母親を早くに亡くし、外交官の父親と離れて、芦屋山手のお屋敷に1人で暮らしている彼が不憫で……佐那子はこの竹原邸にセルジュの部屋まで作り、いつでも自由に遊ばせている。
「出かけましたよ。それから、さっき、由未ちゃんから電話がありました。お迎えに来てほしいらしいので、運転手の井上さんにお伝えしました。あと、秘書の原さんからもお電話がありました。おじさまのお着物を出しておいてほしいとのことです。今夜のお出かけで着たいそうです。」
ニコッとほほ笑んで、セルジュはそう言った。
「あら。ありがとう。……そろそろ夕食、考えないとね。……セルジュくん、何が食べたい?」
「何でも。……由未ちゃんが帰宅したら聞いてみようかな。」
飄々とそう答えてから、セルジュは首を傾げた。
「……いや……せっかくだから、筍ご飯とか、どうですか?おにぎりにしておけば、おじさまが帰宅された時に、渡せますし。」
佐那子は目を見開いて、それから苦笑した。
「……ありがと。でも、主人のことは、気にしなくていいのよ。どうせ、どこかでご馳走と綺麗な女性が待ってるんでしょうし。……うちは、便利な倉庫みたいなものだから。」
卑屈にならないように、佐那子は軽くそう言った。
家に「寝に帰る」ことすら激減してしまった今となっては、夕方か朝、着替えに寄る時ぐらいしか顔を合わさないこともある。
さすがにかつてのように、愛情たっぷりに抱きついて「おかえりなさい」と歓待することはできなくなってしまった。
笑顔を見せるのにも努力を強いられる。
「……それでも、お好きなんですねえ……。一途ですねえ。おばさま。」
しみじみと、セルジュはそう言って、すっと佐那子の目の前に白い手を差し出した。
フランス育ちのセルジュは、当たり前のように佐那子が立ち上がるのにスマートに手を貸した。
「ありがとう。……一途というなら、セルジュくんのお父さまのほうが一途らしいじゃない。再婚のお話にも耳を傾けないんでしょう?……亡くなられたお母さまを今も忘れてらっしゃらないのねえ。」
セルジュはにっこりほほ笑んだ。
「表向きは。……オトナなので、イロイロあるでしょうけどね。まあ、遊びと結婚は違うんでしょうけどね。……おじさまも、遊びは遊び、なんでしょうね。なんだかんだ言って、お家にしょっちゅう寄られますし……おばさまに、かまってほしいんじゃないんですか?」
女性みたいな名前と、女性と見紛うばかりの美貌を持つ彩乃くんは、実家と学校と家元を行き来して日舞に邁進し忙しい日々を送っている。
もう1人は、この松本聖樹(せいじゅ)くん。
フランス人の母親を早くに亡くし、外交官の父親と離れて、芦屋山手のお屋敷に1人で暮らしている彼が不憫で……佐那子はこの竹原邸にセルジュの部屋まで作り、いつでも自由に遊ばせている。
「出かけましたよ。それから、さっき、由未ちゃんから電話がありました。お迎えに来てほしいらしいので、運転手の井上さんにお伝えしました。あと、秘書の原さんからもお電話がありました。おじさまのお着物を出しておいてほしいとのことです。今夜のお出かけで着たいそうです。」
ニコッとほほ笑んで、セルジュはそう言った。
「あら。ありがとう。……そろそろ夕食、考えないとね。……セルジュくん、何が食べたい?」
「何でも。……由未ちゃんが帰宅したら聞いてみようかな。」
飄々とそう答えてから、セルジュは首を傾げた。
「……いや……せっかくだから、筍ご飯とか、どうですか?おにぎりにしておけば、おじさまが帰宅された時に、渡せますし。」
佐那子は目を見開いて、それから苦笑した。
「……ありがと。でも、主人のことは、気にしなくていいのよ。どうせ、どこかでご馳走と綺麗な女性が待ってるんでしょうし。……うちは、便利な倉庫みたいなものだから。」
卑屈にならないように、佐那子は軽くそう言った。
家に「寝に帰る」ことすら激減してしまった今となっては、夕方か朝、着替えに寄る時ぐらいしか顔を合わさないこともある。
さすがにかつてのように、愛情たっぷりに抱きついて「おかえりなさい」と歓待することはできなくなってしまった。
笑顔を見せるのにも努力を強いられる。
「……それでも、お好きなんですねえ……。一途ですねえ。おばさま。」
しみじみと、セルジュはそう言って、すっと佐那子の目の前に白い手を差し出した。
フランス育ちのセルジュは、当たり前のように佐那子が立ち上がるのにスマートに手を貸した。
「ありがとう。……一途というなら、セルジュくんのお父さまのほうが一途らしいじゃない。再婚のお話にも耳を傾けないんでしょう?……亡くなられたお母さまを今も忘れてらっしゃらないのねえ。」
セルジュはにっこりほほ笑んだ。
「表向きは。……オトナなので、イロイロあるでしょうけどね。まあ、遊びと結婚は違うんでしょうけどね。……おじさまも、遊びは遊び、なんでしょうね。なんだかんだ言って、お家にしょっちゅう寄られますし……おばさまに、かまってほしいんじゃないんですか?」