いつも、雨
要人は後ずさりした。

けれど、主家の大奥様に隠し通すことはできず……渋々背中に隠した一枝を出した。

淡いピンクの花とつぼみがいっぱいついた桃の枝だった。


「お土産です。領子(えりこ)さまに。」

要人がそう言うと、祖母の頬が緩んだ。

「へえ~~~。領子さん。こっち、いらっしゃい。……ほら。竹原のお兄ちゃんが、あんたにお土産やて。」

祖母に手招きされて、領子は慌てて飛んで来た。


「ありがとう。」

両手を出すと、要人は領子が持ちやすいように角度を変えて、持たせてくれた。


「領子、よかったなあ。でも、そのせいで、僕はこのザマだよ。」

ねえやの持ってきてくれたタオルで濡れた脚を拭きながら、恭風がぼやいた。


「……もしかして……これ、御所の桃園の桃?……あんた……見つかったら、逮捕されますえ。気ぃつけえや。」

祖母は一応そんな風に注意したけれど、本気で怒ってないことは明白だった。


「はい。気ぃつけます。……大奥様も欲しいですか?」

要人は、全く反省していない。

それどころか、俺がそんなヘマやらかすかっちゅうねん!……と、腹の中で思っている。


慢心する要人に、領子の祖母はイケズっぽく言った。

「へえ。おおきに。……そやけどなあ、あんたは平気でも、あんたの子分とか、この恭風さんがしくじったら、一蓮托生やって忘れんときや。」

「……確かに。見捨てて俺だけ逃げても、無駄ですね。わかりました。次から、今まで以上に気ぃつけます。」

要人は素直にそう言って、頭を下げた。




「竹原の息子さん、不良っぽいと思ってましたけど、大奥様には従順なんですね。」

夕食の後片付をしながら、ねえやがそんなことをこぼした。


祖母は、ふふっと笑った。

「不良なんてとんでもない。あの子ぉは頭のいい、しっかりした子ぉですえ。」

「竹原は僕の宿題もあっという間に解いてくれるよ。習ってなくてもわかるんだって。すごいよ!」

いつからか、恭風は要人に頼りっきりだ。


「あんた……宿題やってもらってはりますんかいな。……呆れたこと。」


藪蛇だ。

祖母に白い目で見られて、恭風はそそくさと逃げ出した。
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