いつも、雨
その夏、竹原家の子供たちは、それぞれ大きな転機を迎えた。


長男の義人は、最愛の女性の失踪。

長女の由未は、遅い初恋に落ちた。






「……へえ~え。相手は?サッカーの選手?はあ~。少女漫画みたいやなあ。」


酒の肴に、要人は恭風(やすかぜ)に娘の恋を報告した。


無関心を装って無表情をキープしている恭匡(やすまさ)の顔色が忙しく変化するのを楽しみながら、要人はうなずいた。


「土埃だらけになって集団で玉転がしをしている姿のどこに魅力を感じるのか、私にはよくわかりません。まあでも、いつまでも兄の義人にべったりでも困りますので……成長と、喜ばしく捉えるべきなのでしょうね。」


恭匡は、思わず要人を睨んでしまいそうになり、慌ててお猪口を一息に煽った。


「せやけど、女の子の親ゆうのは心配やろなあ。箱に入れて、外に出したくないやろなあ。」

しみじみと恭風が呟いた。



確かに一般的にはそうだろう。

しかし、要人はそこまで子供に甘くも、盲目的でもない。


「うちは、好きにさせますよ。……私もよく知っている、義人の友人の家に下宿して、そこから神戸の公立高校に通うそうです。」

しれっと要人はそう報告した。


「はあっ!?」

へえ……という、恭風の小さな驚嘆は、恭匡の強い反発を含んだ声にかき消えた。



要人はニコッとほほ笑んで、つけ加えた。

「親の心子知らず、ですね。せっかく遊んでいても大学まで行ける学校に入れてやったというのに、何を好き好んで受験を選ぶのでしょうね。」


「……由未ちゃんは頭のいいお嬢さんですから、受験は問題ないでしょうが……わざわざ京都を出る必要があるのでしょうか。それに、公立高校って。……神戸には有名な女子校もいくつもあるでしょうに。」

すっかり動揺しているらしく、恭匡は愚痴のようなことをこぼした。


要人のみならず、恭風もまた息子の恭匡を半笑いで見た。

「そら、どうせやったら好いた男と同じ学校がええんやろ。……せやけど、そこまでして、あっさり失恋しはったら、ちょっとかわいそうな気ぃもするなあ。脈あるんか?」


肩をすくめて、要人は答えた。


「存じません。しかし、成就するとも思えません。……いいんですよ。社会経験です。人脈も広がるでしょうし。……世話になる予定の家も名家ですし、ご子息はエチケットやマナーに厳しい人物でね。奔放過ぎる娘に逐一指導してくれるのが、ほほえましい。」
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