いつも、雨
「要人さん、嫌かしら……。」

つい声に出してしまったけれど、聞く者は誰もいない。

通いで頼んでいる家政婦も、今日は来ない。



……今夜……帰ってくるのかしら。

あの美しいひとは……ご家族もご一緒なのよね……。

要人さん……。

どうして……。



考えても考えても、わからない。

答えのない命題を持て余し、佐那子はいつものように、諦めた。



目を閉じると、虫や蛙の声が聞こえて来た。



少しずつ……心が落ち着いてくる……。



すると今度は、独りぼっちになってしまった天花寺家の恭匡のことが心配になってきた。


……でも、私がお世話を焼くわけには……いかないわよね……。

お身内を差し置いて僭越なことはできない。



実の叔母の領子の存在が、ここでも、佐那子を悩ませた。







秘書の原から、夫と息子が最終の新幹線に乗車する連絡を受けると、佐那子の心の暗雲は立ち消えた。

日付が変わってから帰宅した要人の顔には疲労が色濃く刻まれていた。


珍しく要人は、年相応にくたびれた中年の顔をしていた。


何となく、佐那子はホッとした。

「おかえりなさい。……お疲れさま。大丈夫?」


何がどう大丈夫なのかしら……。

尋ねた佐那子自身、よくわからなかった。



気の利いたことを言えない己を恥じ入る佐那子に、要人はやるせなくほほ笑んだ。

「ああ、ありがとう。私は、大丈夫だ。……だが、恭匡さまは、ほとんど何も召し上がらなかったようだ。……すまないが、何か……、日持ちがして、すぐに食べられそうなものを見つくろってくれないか。」


佐那子の目が爛々と輝いた。

「わかりました!明日、早速、お送りしますわ!」


要人は目を細めてうなずいた。

「ありがとう。よろしく頼むよ。……私は、これまでのように足繁くお伺いすることはできないしな。」



……どういう意味?


少し首を傾げた佐那子の両肩に、要人はふわりと自分の両腕をおろした。


まるで羽根を休めるように、不格好な抱擁だった。



心身ともに疲弊した要人は、ただただ、佐那子に甘えていた。



秘書の原は、目をそらし、黙って一礼して、出て行った。

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