いつも、雨
要人は黙ってうなずくと、すっくと立ち上がり、脱ぎ捨てたジャケットの内ポケットから薄い手帳を取り出した。

いつもは外孫の桜子の写真を忍ばせているその手帳から、「希和子」と筆書された半紙の写真を抜き出した。


領子は恐る恐るその写真を受け取り、食い入るように見つめた。


……お兄さまの……手蹟だわ……。



「……間違いありませんか?」

要人の確認に、領子は無意識にうなずいて……それから、顔を歪めて要人を睨んだ。

「兄の代筆をさんざんしてらした竹原のほうが、詳しいんじゃなくて?……間違いないんでしょう?……なのに、本当にお兄さまの御子じゃないとおっしゃるの?」


要人は、困ったようにうなずいた。


納得いかないらしく、領子は写真をじっと見て……それから、小さくつぶやいた。

「きわこ、ちゃん……。綺麗なお名前……。……かわいらしいお嬢さんなのでしょうね。」

「いや。美人ではないな。子供らしく無邪気でかわいい……というわけでもないらしい。私はまだ逢ったことはないが、内向的な、本の虫だそうですよ。」

「……。」

領子は口をつぐんだ。



要人は淡々と続けた。

「ここから先は、全て想像でしかありません。裏付けする証拠はまだ揃っていません。……しかし、間違いないと思っています。……彼女を産んだのは、宮家に嫁いで、わずか半年で亡くなられた希久子さまでしょう。」


思ってもみない名前だった。


領子は驚き、首を傾げた。

「希久子さまって、あの、希久子さま?……でしたら、わたくし、存じ上げてましてよ。」


要人は、重々しくうなずいた。

「さすがに俺も知ってますよ。当時はずいぶんとニュースにもなりましたし……親戚付き合いは途絶えて久しいでしょうが、天花寺家の遠縁のおかたでもありますし。」


領子は苦笑した。

「……そうね。希久子さまのおばあさまは、わたくしのはとこに当たりますので。分家なのに、本家の我が家より華やかで……格式ばかり高くてお金のない我が家とは縁遠くなって……。」


「その希久子さまには、幼少期から好き合った男がいたそうですが、宮家との婚礼の話がもたらされると、無理矢理引き裂かれたそうです。」


要人の言葉に、領子は顔を上げた。



……それって……まるで……わたくし達のように……?



視線が絡まる。


互いの瞳に、かつての幼すぎた恋心が去来する。



どんなに反対されても、想いを断ち切ることはできなかった……。
< 427 / 666 >

この作品をシェア

pagetop