いつも、雨
「では……この……希和子さまは……あの、希久子さまと……そのかたの……」

領子の声が……、唇が、震えている。


要人は領子の肩を抱き寄せて、美しい耳許に唇を寄せた。


「……だから、他人事(ひとごと)とは思えないんですよ。」



ぎゅっ……と領子は要人の腕を掴んだ。


胸が痛い……。

同じような境遇の恋人達の忘れ形見。


それは、一歩間違えれば、愛娘の百合子の辿る運命だったかもしれない……。




血の気を失い震える領子の背中を、要人は優しく撫でさすった。

「恭風さまは、希久子さまが内緒で出産されていたことは、ご存じなかったと思います。」


もし、知っていたら、要人には話していただろう。

こんな大ネタを酒の肴にしないはずはない。



「……でも、揮毫したのは、確かにお兄さまなのでしょう?」

「恭風さまは、酒席で頼まれたら、上機嫌で揮毫してらっしゃいましたし、そのたぐいでしょう。……恭風さまの奥さまも、同系列のお寺のお嬢さまでしたから。お人好きのする恭風さまのこと……そちらの縁者にも同好のご友人はいらしたようです。」

「そう……ですか……。」

領子は、まだ納得いかない様子だ。



冷たくなった領子の手を、要人はそっと両手で包み込んだ。


「いずれにしても憶測の域を出ません。しかし、愚息も家内も、彼女に夢中だ。週末、家に招くそうです。」


その前に、領子さまに報告したかった……。

それも要人の誠意らしいことに気づくと、ようやく領子の心は落ち着きを取り戻した。



ほうっと小さく息をつくと、領子はぎこちなくほほ笑んだ。


「……どうか、優しくしてさしあげてくださいね。お願い。」



真偽はともかく、何となく領子も希和子という少女と無縁とは思えなくなった。








週末、希和子は竹原家に連れて来られて、当主の要人との初対面を無事に終えた。



養子縁組に向けての正式なゴーサインが出ると、義人はすぐに東京の天花寺邸に下宿する妹の由未を訪ねた。


家族が増える報告をするつもりだったのだが……
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