いつも、雨

要人の問いに曖昧にうなずくと、一夫はケーキの箱をローテーブルの真ん中に置いてから、居住まいを正した。

そして、両手を両の膝に置き、深々と頭を下げた。



「一夫くん……」

「お願いします！一生のお願いです！こんなこと、社長に頼むんは間違ってるかもしれん！けど、曲げて、お願いします！わしが死んだら、家内を……領子をよろしくお願いします！再婚してやってください！」


一夫の願いは、要人の予想を超えていた。

もちろん、自分の死後、領子のことを要人に託したいのだろうということは、普通に予想していた。

しかし、要人は既婚者だ。

佐那子という妻も、子供も、……現在では、養女までいる。

そんな要人に、未亡人となった領子との再婚を切り出すとは思わなかった。



要人は、今さらながら、一夫がまっすぐな男だということに打ちのめされた。


苦いものがこみ上げてくる。

敗北感。


……俺は……この、目の前の、野暮ったい熊のような男に、どうしても敵わないのか……。



乾いた笑いが勝手に喉の奥から漏れ出た。


「……社長？」

一世一代の願いを笑われて、一夫は訝しげに顔を上げた。


要人は静かに答えた。

「何をおっしゃるのかと思えば……領子さまがお聞きになれば、叱られますよ。一夫くんも、私も。」


一夫はぶるぶると首を横に振ってから、ずいと顔を近づけた。

「社長。本音の話がしたいんや。領子と社長がずっと好き合ってることは、最初からかわってる。……責めてへんで。わしは、領子には世界一幸せになってほしいんですわ。」


「……奇遇ですね。私も、領子さまのお幸せを、心から願っております。……しかし、一夫くん、残念ながら、私はとっくに、ふられてますよ。」



嘘ではない。

嘘は1つもない。


要人は、何度も領子にふられているし……たった今も、手痛い拒絶をくらったばかりだ。


……馴れないものだな……最愛の女性に逃げられることには、いつまでも。

要人は肩をすくめて、苦笑交じりに言葉を継いだ。

「古傷をえぐらないでください。私ではダメなんですよ。……領子さまには、一夫くんが必要なんです。」