いつも、雨
「……医学は進歩します。今こうしてる間にも、効果的な治療法が考えられ、治験を重ねています。日本の保険医療で可能な治療は、切除と基本的な抗癌剤のみです。が、最新の抗癌剤や、重粒子線治療、それに陽子線治療も効果を期待できます。橘さまは体力も財力も充分お持ちですので、お勧めされてみてはいかがでしょうか。」



落涙しないようにそっと目を閉じて、要人は信頼する秘書の言葉を聞いた。


そして思い出したように、腫れた右手のこぶしを秘書につきだした。



原は、黙って、要人の手を取り、出血を伴う裂傷のないことを確認してから、コールドスプレーを吹き付け、湿布薬を貼り付けた。



「……すまない。ありがとう。」

礼を言った要人の顔つきは、もう、いつも通りの要人だった。


緩んだ口元を引き締めて、原は深々と頭を下げた。




病院を出てすぐ、要人が口を開いた。

「……頼んでいいか?」

業務命令ではない。

原は、微塵の躊躇も見せず

「何なりと。」

と答えた。


要人は、頷いてから、おもむろに口を開いた。


「一夫くんに、最高の治療を受けさせてやってくれ。金は私が払う。いくらかかっても、かまわん。……頼む。」

「わかりました。資料はほぼ揃えております。早急に手配いたします。」

「……そうか。いつも、すまない。ありがとう。」


優秀な秘書には、要人が一夫の闘病に尽力したがることなどお見通しだった。

そして、秘書の優秀さを熟知している要人もまた、原がとっくに準備を進めていることを確信していた。



車に乗ると、早速、原の準備していた資料に目を通した。

「……一通りの治療を終えて、一夫くんが日常生活に戻れるまで……どれくらい……かかりそうだ?」

もちろん金額ではない。

要人の意図を正確に推し量って、原は答えた。

「来週退院されて、その後、転移してらっしゃるという癌の治療をどうされるかによりますでしょうが……再び切除されるにしても、化学療法にしても、一般的な治療で、早くて3ヶ月、普通は半年ぐらいでしょうか。」


……3ヶ月……半年……長いな……。


要人の愁眉を見て、原は続きをためらった。


しばらくして、要人はようやく、不自然な秘書の沈黙に気づいた。


そして、ため息まじりに尋ねた。


「……そこから先の治療も……長期の入院が必要なのか?」

< 459 / 666 >

この作品をシェア

pagetop