いつも、雨
領子以外の第三者に見つかると厄介だ。

だからと言って、電話もしたくない。


……ふつりと一方的に切られてしまうことが数え切れないほどあったため……要人は領子に対してだけは電話をかけることを避けるようになった。



あのかたに対してだけは、いつまでも、臆病な少年のまま……。

そんな要人に苦笑を禁じ得ず、秘書の原は、咳払いでごまかしてから、敢えて淡々と話した。

「メッセージカードぐらいならかまわないでしょう。ご一緒に、一夫さま宛にお菓子でもお送りすれば、奥さまにお花をお送りしても、あくまで、ついでと言えましょう。」

「……そうか。……では、適当に見舞いの品を見つくろってくれないか。花は……そうだな……月下美人の鉢を届けてくれ。」


原は軽く目を見開いた。


……ロマンティックなのは、社長のほうやろ……。


佐那子の影響で暗記した花言葉を思い出そうとして、原は別のことを思い出した。


「確か……7月19日の誕生花でしたね。月下美人は。」

「……誕生花……。そんなものまで覚えているのか。君は。」

感心を通り越して、少し呆れたように、要人は肩をすくめた。


要人の反応を黙殺して、原は提案した。

「祇園祭も落ち着いた頃合いですね。……コンサートか何か……お探しいたしましょうか?」


もちろん、実際に行くためのコンサートではない。

領子が独りで外出するための口実を作るためだ。


要人はカレンダーに目をやり、つぶやいた。

「……19日……」


否定も肯定もしなかった。


しかし要人の顔に精気が漲るのを見て、原は黙って頭を下げると、足早に辞去した。

今日中に月下美人の鉢を探して届けなければいけない。

突然入った、仕事とも言えないイレギュラーな使命を帯びて、なぜか、原の心が弾んだ。



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その日も、雨だった。

蒸し蒸しジケジケとした鬱陶しい午後のひととき。

ようやく、2人はふたたび巡り逢った。

さすがに、この日ばかりは、領子(えりこ)も素直に要人(かなと)に身を委ねた。


「……逢いたかったわ……。」

あまつさえ、そうこぼした領子に、要人のほうが面食らった。

「……もう、逢っていただけないかと……私は、恐れました。」
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