いつも、雨
「……竹原。どういうつもりですの?とても食事なんてする気になんてなれなくてよ。」

領子が恨めしげに要人を問い詰めた。


要人は敢えて微笑んで見せると、領子の耳元でささやいた。

「なぁに。ただの嫌がらせですよ。百合子さまをこのまま間男(まおとこ)に託すわけにはいきませんから。邪魔するんですよ。」


あら……と、領子の表情がほぐれた。



その様子をちらちらと見ていた百合子は、逆に心をこじらせた。


「……おっさん、エエ男やな。おもろいやん。百合子のおかんの男け?」

なぜか泉はおもしろがっているようだ。


「もう!泉さん、ちゃんと断ってよ。どうしてこうなっちゃうの。」


八つ当たりする百合子の言葉のぞんざいさに、領子は驚きを禁じ得なかった。


「……あの子が……あんな風に、殿方に接するなんて……」


動揺する領子に、要人は苦笑してみせた。

「ええ。驚きましたね。愚息に対しても、ああまで率直な百合子さまはお見かけいたしませんでした。よほど打ち解けていらっしゃるのですねえ。」



まだ10代の頃、百合子は異母兄にあたる義人に恋をしていた。

2人の関係はとうに絶えて久しいが、そんな過去があっても、百合子は今なお義人に対しても敬語を崩さない態度を貫いている。


……おもしろいじゃないか。

泉……勝利(まさとし)。

確か、ベテランの域に入る競輪選手だったな。

タイトルも持っている一流選手で、所属は隣県。


要人は自身の脳内にたゆとう膨大な知識と情報のなかから、隅っこに追いやっていた競輪に関する記憶を呼び戻した。

かつての恩人とその子息が、ブルーシートや橋の下で日がな一日、競輪に夢中だった……。

目の前のこの泉のことは、「しょーり」と呼んでいたな。

……同地区の選手だが、「てめぇだけの捲(まく)り屋」とか「番手捲り」ばかりする下種(げす)な男と揶揄されていた……。

それが弟子を持って、タイトルを獲って、人格者みたいに扱われてるとか何とか……。


ふむ。

確かに……くせ者ではありそうだが、イヤな感じはしないな。



要人は、珍しく、泉という男に対して興味をそそられていた。

自分に似ているものを感じ取ったのかもしれない。
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