いつも、雨
「お待たせいたしました。どうぞぉ。」

ほとんど待たされることなく、女将と年嵩の仲居がやって来て、一行を奥の座敷へと安内した。

続きの間に寝具の準備された小部屋ではなく、池に面した広い……4人で使うには、かなり広すぎる部屋だった。


「へぇ。こんな部屋もあったんや。」

キョロキョロと無遠慮に見廻す泉を、領子は冷ややかに一瞥してから、非難がましく百合子を見た。

百合子は身を小さくして、泉の後ろに付き従った。



当然のように要人が上座に安内された。

しかし要人は、敢えて泉に譲った。

「しょーりくん、どうぞ。」


泉は不思議そうに要人を見た。

「……なんで?」


上座を譲られたことに対してなのか、愛称で呼ばれたことに対してか……。

領子は前者を、百合子は後者を疑った。


3人の葛藤を承知しながらも、要人は曖昧な笑顔をキープしたまま、自分は下座に座ってしまった。


……このかたの、こういうところが、苦手だわ。

百合子は要人を見ようとせず、ふてくされるように黙って、泉の隣に座った。


正面に、青ざめたまま強張っている母の領子。

自然と横を向き、泉と目が合った。


泉は、何を思ったか、百合子の額を軽く小突いた。


声にならない声を挙げて、領子が非難する。


まあまあ……と、要人が領子をなだめ、震えるその手をそっと握った。

領子の瞳がゆらゆらと揺れる。

要人の中の、庇護欲と支配欲がむらむらと湧き立った。

泉と百合子の性行為を邪魔するためとは言ったが……自分たちもお預けとはいかないようだ。



女将が下がるのを待って、要人は口火を切った。

「改めて、ご挨拶させていただきましょうか。はじめまして。竹原と申します。……どうぞ。」


名刺を差し出され、泉は肩をすくめた。

「ご丁寧に。どうも。泉です。名刺はないけど。……って、社長?竹原さん?俺のこと、知ってはるっぽい?」


会釈するようにうなずくと、要人は隣の領子に説明した。

「領子さま。こちらは、泉勝利(まさとし)さん。プロの自転車競技の選手でいらっしゃる。……百合子さまとは、どちらでお知り合いになられたのですか?」


最後は、泉のほうを向いて、尋ねた。
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