いつも、雨
泉は、ふんと鼻で笑った。

「自転車競技、な。おおきに。気ぃ遣ってくれはって。社長、エエ人やな。」

「……外面(そとづら)がいいだけでしょ。慇懃無礼だわ。」

ぼそぼそと小声で百合子が文句を言っていたが、泉に一瞥されて、押し黙った。


泉は、領子を見据えて、不敵に言ってのけた。

「百合子のお母さん?話は聞いてます。泉です。競輪選手してます。百合子にも、旦那にも、お世話になってます。」

「……では、碧生くんも、ご存じだというの!?」

領子は胸に手を当てた。


快く婿養子に入った上、現在では領子の実家の天花寺(てんげいじ)家に夫婦養子に入ってくれた婿の碧生のことを、領子は孫と同じぐらいかわいがっていた。


「選手として泉さんを応援していますわ。横断幕を出して。……泉さんとお会いしていることは、伝えてません。」

百合子は表情を消して、淡々とそう言った。


「まあ、わざわざ言う必要ないやろ。旦那、エエ奴やし。傷つけたくないし。……まあ、賢い奴やし、見て見ぬふりしてるんやろけどなぁ。」

しれっと同調してから、泉はあっけらかんと言い放った。

「自分らも同じやろ。」



領子の顔色がサッと変わった。

無言で立ち上がろうとする領子の手を、要人はぐいっと引っ張り、座らせた。


「……竹原……」

みるみるうちに、領子の目に涙がこみ上げてくる。

要人は自分のハンカチを取り出して、領子に差し出した。

領子はハンカチを握りしめたまま、さめざめと泣いてしまった。

たまらず要人は、領子の肩を抱き寄せ胸にかき抱いた。


痛いところを突かれて大きなダメージを受けたらしく、領子は娘の百合子の前なのに、抵抗もしなかった。


震える背中をさすりながら、要人が重々しく口を開いた。

「同じ、ですか。なるほど。私たちと同じと仰いますか。……それでは、しょーりくんは、気まぐれや遊びのつもりはないのですね?」


「あなたには関係ありません!わたくしのことに口出しなさらないでください。」

泉が口を開く前に、百合子がそう言って、要人を、それから領子の背中を睨んだ。


「お母さまも!ヒト前で、みっともないですわ。」

珍しく声を荒げる百合子を泉が笑った。


「……なんや、反抗期け?百合子らしくないな。……ああ、そうか。わかったわ。百合子のほんまの父親か。」


ビクッと領子が反応した。

百合子は唇を噛んでうつむいた。




……やれやれ。

歯に衣着せぬ泉の物言いは、要人には心地よいのだが、領子と百合子には効き過ぎるようだ。


要人は、宥めるつもりで、領子を抱く手に力を入れた。

「領子さま。僭越ですが、……よろしいですか?」


領子は、コクリと頷いた。
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