いつも、雨
翌日も、朝から恭風(やすかぜ)は、要人(かなと)と連れだって、京都御苑に遊びに行ってしまった。


「……ねえや、わたくしも、行きたい!」

領子(えりこ)のおねだりは、なかなか聞き入れてもらえなかった。


「ではお嬢さま、私と一緒に参りましょうか。」

根負けしたねえやは、そんな風に譲歩してくれたけれど、領子は不満そうにムッツリと黙りこくってしまった。



……御所に行きたいわけじゃなくて……ねえやと行きたいわけでもなくて……


うまく言葉にできない。

普段から、領子は兄にくっついて回っているわけではない。

習い事やお勉強を粛々とこなす模範的なお嬢さまの領子は、そもそも外に遊びに行くという習慣もない。


領子が、実兄の恭風よりも、要人と一緒に行きたがっていることはもちろんわかっているが……ねえやは、敢えて気づかないふりをした。


ねえやにとって、領子の笑顔はとても尊い。

何でも領子の思い通りにしてさしあげたい気持ちはある。

しかし奥様は、お子達が下賤の子と仲良くなることを望んでいない。


わずか18歳で離婚して居場所を失った元小間使いを、「ねえや」として再び雇ってくれた大恩ある奥様のお気持ちに報いたい。

既に恭風は止めようもないが、せめて領子だけでも、なるべく要人に近づけないように……と心がけていた。




ふくれっ面の領子を、祖母がおもしろがってからかった。

「領子さんは、昔っから、竹原のお兄ちゃんをお好きでしたねえ。」


領子は慌てて首を横に振った。

「知りません!違います!」


「大奥様。お戯れは、おやめください。旦那様や奥様がお聞きになったら……いえ、それより、世間様の噂になって、橘のぼっちゃまのお耳に入ったら……」

ねえやの諫言に、祖母は肩をすくめた。

「あほらし。こんな小さいじぶんから、許嫁(いいなづけ)の顔色うかがうなんて、時代錯誤にも程がありますえ。」


領子は真っ赤になった。

いずれ、オトナになったら結婚することが決まっているヒト……それが「許嫁」だということは、物心つく前から教えられてきた。

その特別なお相手が、同じぐらいの家格の橘家の嫡子の千歳(ちとせ)さまだということも、重々承知している。
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