いつも、雨
橘家は、天花寺家と違って、先祖が起こした大会社の経営権を能力のある人物に託して、自分達は実権のない名誉職に甘んじることでずいぶんと潤っている。

もちろん大株主ではあるが、ご当主も毎日会社に出勤しているそうだ。

仕事と称して茶会だ、ゴルフだと毎日遊んでいるようにしか見えない天花寺の当主、つまり領子の父とは大違いだ。


「橘の千歳さんは、領子さんに優しゅうしてくれはりますか?」

祖母の問いに、領子は首を傾げた。


1つ年上の千歳とは、家同士のつきあいもあるし、年に何度も顔を合わせる。

小学校に進めば、学舎内でも会うのだろう。

しかし、ご挨拶の言葉しか交わしたことがないので、よくわからない。


答えようのない領子に、祖母は苦笑してから、真面目な顔を作って言った。

「……よろしいですか?手ぇ上げられたら、我慢せんと帰って来たらよろしい。」


「大奥様!何てことを……。」

オロオロするねえやを無視して、祖母は小さな孫娘に大事なことを伝えようとしていた。

「婚約者と言うても、産まれる前から決まってる話です。領子さんだけちゃいます、千歳さんかて、迷いも戸惑いも生じることがありますやろ。……全てを飲み込んで一緒に生きる努力をしてくれはるなら、よろしい。でも、あんたに手ぇ上げはったり、ないがしろにされるなら辞めときなさい。」


「大奥様っ!」

ねえやは、大事なお姫さまが悪しき洗脳を受けるのを止めることができなかった。


領子は、祖母の言う意味がわかっているのかわかっていないのか……ただ、じっと祖母の顔を見つめていた。

「まあ、実際に結婚するまで10年以上はあるやろし、ゆっくり見極めたらいいわ。……領子さん。どんな状況になっても、教養を深めることと、ヒトを見る目を養うことは、怠ったらあきませんえ。」

「はい。おばあさま。」

素直にそう返事した領子に、祖母はほほ笑んで、頭を撫でた。

「ほんまに、領子さんはイイ子やねえ。……イイ子過ぎて、心配やわ。」



領子には、祖母の言う意味がわからなかった。


イイ子にしてれば、みんな褒めてくれるのに……何を心配するのだろう。

わからないので、領子はそれ以上、何も言わなかった。
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