いつも、雨
「約束。2人きりの時以外は、今まで以上に、ちゃんとしてて。俺に距離を置いて、『竹原』ってちゃんと呼んで、……できたら、俺にあまり話し掛けないほうがいい。……できる?……いや、できなくても、やって。」


約束というより、懇願だった。

領子の本能が、これまでとは違うものを察知した。

数え切れないほど指摘され、窘められ、怒られても抵抗してきた呼称だけど……領子は、意志を持って、しっかりとうなずいた。


要人はホッとしたように、領子の頭を撫でた。

「ありがとう。」


ニコッと、領子がほほえんだ。

それだけで、充分だった。


先のことなんか、わからない。

何も考えられない。

ただ、お兄ちゃんが……いえ、竹原が、好き。

今、こうして竹原の腕の中にいることが、うれしすぎて……ずっとずっとこうしていてほしくて……。

そのためなら、何だってできる。



領子の決意に、要人は目を細めた。


……中学生やもんな。

たぶん、今の領子に駆け落ち云々言ったところで、ピンと来ないだろう。

もちろん、年齢的にも身動きの取れない今は、それでいい。

無理矢理将来の約束を交わしたところで、何の意味もない。


大切なのは……準備すること。

本当なら、領子が社会人になるまでに……と言いたいところだが、その前に確実に結納がやってくる。

それがいつかはわからないけれど、法的に本人のみの意志で結婚できる20歳まで、あるいは要人が領子を連れ去っても条例違反にならない18歳……それまで待ってくれたら何とかなる。

いや、何とか、する。

金はある。

不自由はさせない。


……領子さまだけじゃない。

天花寺家を背負う。


……そうか。

亡き大奥さまの遺書は……こういうことだったのか?



要人の中に、何とも言えない感情が渦巻く。

あの聡明で情の深い大奥さまが、要人に何を望んだか……正確に知ることは、もはや不可能だ。

だが、要人をわざわざ東京に、領子のそばに連れてきたことには、やはり何らかの意味があったとしか思えない。



要人は改めて決意した。


領子を、天花寺家を、俺が守る……と。
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