いつも、雨
確かに、枝垂れの下にいると多少は雨が凌げたが、ぽつりぽつりと大きな滴が落ちてくる。

「……桜……観に来ましたの。……帰るから。」

涙目でそう言ったら、要人(かなと)はポケットをゴソゴソと探り始めた。

ハンカチかティッシュを探したが、残念ながら、そんなものを持ち歩く習慣は、要人にはない。

要人はやけくそのように自分の着ていたシャツを脱ぐと、領子(えりこ)の頭から被せた。

涙を拭いてあげられない代わりに、雨除けのつもりらしい。


「お兄ちゃん、風邪をお召しになるわ。」

「こんなんで引くかっちゅうねん。」

要人の言葉以外に、かすかに変な音が聞こえる。


領子は、平安時代の衣被(きぬかずき)のように、要人のシャツを両手で支えて持った。

要人は小さな小刀でで、地面につきそうなほど垂れ下がっている桜の枝を切っていた。


「……え……切るの?」


桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿……そんな格言を思い出した。

生命力が強く、老獪な古木が尊ばれる梅の枝は、剪定によって味わいが出る。

しかし桜は、切ったところから病気になって枯れてしまうこともある。


「うん。領子さま、この桜、好きやろ?……お土産。」

きゅーんと、領子の小さな胸が甘く疼いた。


そして、初めて知った。

要人が、自分のために、毎日けっこう苦労してお土産を持ち帰って来てくれていたことを。

まさか小刀を持ち歩いているなんて想いもしなかった。


……でも、そうよね。

枯れた木は、パキパキといくらでも折れるけど、生木(なまき)はそう簡単に折れるものではない。

こんなに細い枝垂れ桜の先っぽでも、簡単には折れないだろう。



要人は、花を散らさないように気を遣いながら、枝を1本切り取った。

30cmほどの細い枝に、淡い桜の花がいっぱい咲いていた。


「はい。どうぞ。……でも、荷物になるから、置いてったらいいで。」


わざわざ領子の前に同じようにしゃがんで、大事に大事に手渡してくれているのに……置いていけるわけない。

「ううん。持って帰る。今までもらったのも、全部。持って帰る。」

「え……とっくに枯れてるんちゃうん?……そんなん、後生大事に持ってんでも、いくらでもまたあげるのに。」
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