君の声が、僕を呼ぶまで
僕が愚鈍に固まっていたせいだと思う。

沈黙に耐えかねたように、小春が僕の横を走り去ろうとした。

「待って!」

思わず、その手を掴む。

小春が振り払おうとしたが、僕は少しだけ、力を込めた。


あの日の事、ずっと後悔してた。

僕の横をすり抜けて逃げる小春の手を、掴めなかった事を。

今度は、そのまま去らないで欲しい。

今度は、そのまま立ちすくみたくない。


「…ありがとう」

震える小春を少しでも安心させたくて、僕は自分の震える声を押さえながら言った。


僕はポケットから、同じ物を取り出して、小春に見せる。

クタクタになった、カラフルな黒ネコ柄の絆創膏。

小春は、驚いたように顔をあげた。
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