純粋な思いは危険な香りに誘われて
何杯飲んだかわからない。あたしがまだなんとか正気を保てるほど。きっと10杯は飲んだかもしれないとぼんやり思った。


目の前がグラグラして見えるのはきっと今井くんのせい。今井くんが隣にいるから頭がおかしくなっているんだ。


外に出ると冷たい外気が頭を冷やした。ぼやけていた景色も徐々にクリアになって見える。


やっぱり今井くんのせいだ。


「あれ、結姫(ゆうき)は二次会行かないの?」


今日のことを誘ってくれた友達に声をかけられたけど「ごめん明日ちょっと用事あるんだ」と言ってみんなと別れた。


マフラーに顔を埋めて、白い息を吐いて歩き出す。二次会に行く人がほとんどだけどあたしは行かない。


また今井くんの隣になれることなんてないだろうし、今井くんの隣にいる女子に嫉妬するのが嫌だった。女子と仲良く話しているのを平常心で見ていられるほどできた人間じゃない。醜くどす黒い感情に支配されたくなかった。自分を嫌いになりたくない。


もともと自分の名前が好きじゃなかった。大して可愛くもないのに「姫」なんて、劣等感が増すだけだ。付けてくれた親に文句を言うつもりはないけど、他人に面と向かって言われたこともないけど、あたしはきっと哀れだと笑い者にされている。


そんなことを考えている時点でだめなのだ。友達にはみんな彼氏がいる。あたしだけが片思い。ああ、あたしは普通の人じゃないんだと思うことは自然なことだった。


自分を嫌いになりたくないのに。劣等感なんて感じたくないのに。


「成瀬さんっ」


後ろから声をかけられてびくっと肩を震わせてしまった。振り向くと今井くんが立っていた。


「歩くの速いよー」

「あれ…………二次会は?」

「抜けてきた。成瀬さんと約束したじゃん」

「何が?」

「キス」

「は?」


一呼吸置いて、忘れたはずの熱がぶわわっと蘇る。何も考えられない。わけがわからない。わからないはずなのに頭では理解しているのだ。


「え、あ、ちょ、ああああれは……」

「冗談なわけないよね。俺のこと好きなんだし」

「え、や、あ、の、そのっ…………」

「じゃ、行こっか」

「どこに!?」

「決まってるじゃん」


くすっと含み笑いを浮かべた今井くんがあたしの腕を掴んで歩き出す。たじろぐ暇もない。


やっぱり足元はフラフラしていた。


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