純粋な思いは危険な香りに誘われて
「君のお姉さん、すごく綺麗だった」

「あなたのお兄さんも決まってた」

「俺が奪いたかった」

「あたしも」


どちらからともなく顔を寄せ合う。そこに感情など持ち合わせていない。


「でも、お姉さんが選んだのは俺じゃなくて兄貴」

「…………」

「ちょっと年が上で会うのが早かっただけなのに。俺の方が幸せにできるのに」


あたし達の距離は5センチ。鼻の頭が触れてしまいそうなくらい近い。


その距離でじっとしていると、彼が笑う。


「今なら誰も見てないよ」


彼の言葉は媚薬のように、いや脳に浸透する猛毒のようにあたしの理性を溶かしていく。


距離をゼロにしたのはあたしだった。


彼の唇は冷えていた。


「今からでも奪っちゃえば?」


わずかに唇を離して呟くと今度は彼が距離を詰めた。


彼があたしの肩を掴んで引き寄せる。薄く唇を開いてゆっくりとあたしの唇を吸う。


「それができないのはわかってるだろ」


わずかに唇を離した彼がそう呟いて舌であたしの唇をなぞる。


舌が熱い。ねっとりと熱くて柔らかい感触に触れられていない体の奥が軋む。


吐息を漏らす唇の間から舌が侵入してくる。ゆっくりと舌を絡ませると水音が響く。


誰にも知られてはいけない。こんなところ新郎に見られたくない。好きな人じゃない男とこんなことをしているなんて知られたくない。彼だって新婦に見られたくないはずだ。それは屈辱なのだから。


なのに彼は止まらない。まるであたしを求めるように舌を絡ませて肩を掴んでいた手は腰に回っていた。


好きな人にできないくせに身代わりで満たそうとするあたし達は愚か者だ。


誰も知らなくていい。


この気持ちも、この行為も。

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