純粋な思いは危険な香りに誘われて
彼の周りには三人の男子もいた。四人で来たようだった。


ゲームに熱中して周りは見ていない。当然あたしを見る気配などない。


あたしだけが時間が止まったように、片方のイヤホンを手にしたまま固まっていた。


けたたましい機械音の中聞こえるはずないのに、彼の声だけが耳に届いた。


低いのにとても優しい声はどこにいてもわかる。


彼が笑う。話す。その声だけがあたしの脳髄に響く。


『俺は立川だけはごめんだな。圭介もだろ?』


あたしがいない場の、男だけの会話をあたしはあの日聞いてしまった。


『まあ、な……』


その優しい声が脳髄を突き刺した。突き刺さったまま抜く術はない。悲しいのか悔しいのか腹が立つのか、自分の感情がわからない。理解したのは彼があたしを女として見ていないという事実だけ。


すれ違う度に挨拶をしていたほどには友達だった。それだけだった。


邪魔な感情を抱えたのはあたしだ。


あたしはそれ以来彼とすれ違っても俯いて知らないふりをした。廊下ではいつもイヤホンをつけて彼の声を聞こえないようにした。


早く消さなきゃ。元通りにならなきゃ。あんな会話は聞かなかった。あなたの気持ちは知らなかった。笑ってそう言えるようにしなきゃ。


イヤホンの音で彼の姿を視界から消す度にあたしは陰で、壁にもたれながら一人で泣いた。


彼の拒絶なんて今に始まったことじゃないのに。


好きですと伝えたら『ごめんね』と言われた。酔った日に会ったから勢いで抱き着いたら困ったように『だめだよ』とやんわりと離れられた。


別に、初めてじゃない。彼の気持ちは決してあたしに向かないことが毎回ひしひしと感じるだけだ。


こんな気持ちが生まれてごめんね。


そう言って諦められたらどれほど楽になれるだろうか。少なくともこれから彼に関して悩むことはなくなるだろう。


つくづく邪魔な感情だ。


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