純粋な思いは危険な香りに誘われて
しばらくすると四人は一緒にエレベーターで降りていく。あたしも少し離れて着いていった。


目立つタイプじゃない。不必要に声を上げないし、そこまで通る声でもないし、どちらかと言えばグループに溶け込むタイプ。でもあたしの目は彼しか見えていない。他の人の顔も表情も見えていない。


さっきまであんなに腹立たしかったクリスマスツリーの前を通りすぎてもその存在に気付かなかった。


そのうち彼は他の三人と別れる。笑って三人に手を振る姿を見てあたしも帰らなきゃと思った。


こんなストーカーじみたことをしていたら気味悪がられるだけだ。余計嫌われる。


「やっぱり立川さんだ」


優しい声がした。


顔を上げるといつのまにか彼が目の前に立っていた。


こちらの気持ちを見透かされそうなまっすぐな瞳があたしの姿を映している。


心臓が暴れてこの音も彼に聞かれそうだと思った。


彼が困ったように眉尻を下げる。


「なんで泣いてるの?」


言われて初めて自分の頬に涙が滑り落ちていることに気づいた。


あたしは今まで泣きながら彼の後を着いてきたのか。なんとも滑稽な絵だ。


「…………て」

「ん?」

「あたしのこと、ちゃんと見て……」


あたしはそろそろと彼に手を伸ばす。服の裾を握り締めるのが精一杯だった。


彼の体がゆっくりと近づく。背中に手が回って抱きしめられた。


「見てるよ、ちゃんと」


頭を撫でられてそっと額に唇が触れた。


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