小倉ひとつ。
即答がずるかった。軽い口調がずるかった。


よろしいですよではなくて、嬉しいですよに直すところが好きだった。


「……それでは、来年の、秋に」


差し上げますと断言するのは怖くて、言葉尻が途切れる。


口約束なんて私のすがるよすがを残してはいけないと、長年の恋心が怯えて警鐘を鳴らしていた。


「楽しみにお待ちしております。私も、来年の春に」

「ありがとうございます、楽しみにお待ちしております。あの、もし覚えていらしたらで、大丈夫ですので……」


逃げの姿勢に、おや、というように瞬きをされる。


「……困ったな」


苦笑に似た、やっぱり軽やかで優しい微笑みが落ちた。


穏やかな眼差し。


「絶対忘れませんと、申し上げたのに」


節の高い指が、ゆっくりスマホの上を往復した。
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