小倉ひとつ。
「できませんでした」と言ったときに「じゃあ、次は絶対できるように覚えてね」と言われたら、次にできなかったときに言い出しにくくなる。


責任を持って。社会人として。そうやって約束で逃げ道を塞がれたら後はもう、息苦しさが増していくだけだ。


知らないうちに遠慮をする。また怒られるんじゃないかって怯える。


本当は、社会人としてちゃんとしないといけないのは分かっている。一度言われたことはニ度聞くなというのが一般論なのも分かっている。


でも、余計に気負いすぎてしまったときが、アルバイトの私にさえあった。


あの苦しみを、大丈夫? とあくまでさりげなく穏やかに確認されたときの、泣きたいような嬉しさを、そうして相手に抱く尊敬を、きっと瀧川さんも知っている。


慕われるのだろうなと思った。一緒に働けたら、頼りたくなるだろうなと思った。


怒らないことに少し安心して、でもちゃんと確認を取ることに優しさがにじんでいて、苦しくなる。


責めてるんじゃないからね、なんて、ときに優しさに見せかけた都合のいい逃げと責任転嫁になり得るものを前置きしないところも潔く、優しい気遣いに満ちている。


ミスの回数なんて罪悪感を煽るものを瀧川さんがわざわざ聞いたのは、多分、うぬぼれてもいいのなら、私といるからだ。

電話をしている間はずっと待たせてしまうからだ。


対処法分かる? だと話が長くなると踏んだんだろう。


「うん、うん。そう。それで大丈夫。うん。よかった」


始めは向こうから焦ったような早口がもれ聞こえていたけれど、瀧川さんがその全てに優しい相槌を打つうちに、相手が落ち着いてきたらしかった。
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