小倉ひとつ。
「まだ夕方ですから」

「でも、最近は暗くなるのも早いのに。心配だわ」


それらしく適当な理由をつけ足すと、カウンターにいた稲中さんの奥さんが窓の向こうを見ながら言った。


少し、茜色に黒が混じり始めていた。


「大丈夫です。帰り道は人通りも多いですし、街灯もたくさんありますし、まだお店も開いている時間ですし」

「立花さん」


言い募りながら逃げるように引き戸を開けた私に、穏やかな声が追いかけてきたけれど。


その引きとめは、義務感からだろうから。


「お先に失礼します」

「たち」

「今日はごちそうさまでした、ありがとうございました」


おそらく立花さんと言いかけたのを、早口に遮る。


あまりの無礼さに声も顔も強張っている。ごめんなさい、本当にごめんなさい瀧川さん……!


でも。


強張った顔を隠すみたいにうつむいた。


怯えながらでも失礼な態度を取らないと、もっと勘違いしそうだから。だから。


「失礼します」


言いたいことを一度に言って、頭を下げて、急いで外に出た。


無理に追いかけようとはしない、礼儀正しさが好きだった。


やっぱり私は、ただの知り合いの枠なんだなあと、思った。
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