小倉ひとつ。
私がそう思いたかったのだ。言い訳が欲しかったのだ。


素敵な指先に憧れて。綺麗な手じゃないことを、結構、……かなり、気にしていて。


だから、何か言葉をかけられるなんて、ましてやそれがこんなに優しい響きだなんて、思いもしなかった。


「立花さん」


静かな呼び声。


「……はい」

「私は」


そらせない、美しい瞳。


「立花さんが、いつも隅々まで掃除していらっしゃるのを、知っています」


手は押しいただくように触れられたまま。


「朝もお昼も、休日も、歩きやすい敷石や磨かれた引き戸に、今日も素敵だな、またお伺いしたいなと思います」


景観を鑑みてか、敷石はちょうど、その上を歩くと、頭上の高い位置に桜や紅葉の枝が来るように配置されている。


だから、季節ごとの木々がとても美しく見える反面、落葉や落果の時期は足元がごたごたして歩きにくくなる。


朝に一度、箒で掃いたり集めたりするのが私のお仕事だ。季節の変わり目には特に、暇を見つけてはお掃除をするようにしていた。


引き戸は戸車やレールを中心に塵を集めて、取っ手を丁寧に磨く。


特にレールは土や木の葉がたまりやすいから、季節によっては、やっぱりこちらも一日に何度か確認するのが常だった。
< 132 / 420 >

この作品をシェア

pagetop