小倉ひとつ。
「よかったです。言うの忘れてて、今朝思いついたから。簡単なものになってしまいますが、私、たい焼きにはお抹茶なんです」


稲やさんのことがあるからかもしれない。


稲やさんではいつも薄茶と合わせていただく。自宅に持ち帰るときも、自分でお薄を点てる。


たい焼きなら、麦茶やコーヒーや紅茶じゃなくて、お抹茶一択だ。


あまりにお抹茶を合わせるのが当たり前すぎて、せっかくだから茶道具を持って行こうかなと思ったのだった。


「私もです。まさかお抹茶をいただけるとは思ってもみませんでした。自分で食べるときは抹茶ラテですし」


自分ではお茶を点てられないので、いつも泣く泣く抹茶ラテを買うのだと、以前おっしゃっていた。


抹茶ラテにするのは、稲やさんの美味しいお薄をいただいたら、既製品の抹茶では口寂しく感じるようになってしまったかららしい。


抹茶ラテは、純粋な抹茶とは美味しさの基準が違う。甘さやミルクの量も含めて、その日のたい焼きに合わせたものを選べばいい。


というようなことを瀧川さんがおっしゃると、あくまでさりげないからか、大変感じがいい。奥さんが嬉しそうにはにかんでいた。


横で聞きながら、瀧川さんすごい、と思ったのを覚えている。


「立花さんをお誘いしてよかった。ありがとうございます」


目を輝かせて腕時計を外した瀧川さんの現金な冗談に、私も腕時計を外しながら笑う。


「一服でよろしいですか」

「立花さんさえよろしければ、いくらでも」


とても真剣な顔で言われたので、たい焼きを作る前に、ポットにお湯をたっぷり沸かして入れておいた。
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