小倉ひとつ。
瀧川さんはおそらく、稲やを信じている。

稲やでなら、煩わしいことは何も起きないと信じている。


瀧川さんのプライベートに首を突っ込むようなお客さんが稲やの常連さんにいないのも、彼が通い続ける一因だと思う。


みんな大人で、機微が分かっている。もしくは、私みたいにほんの子どもであどけない。


私が彼と話せたのは、きっと、幼いからだ。


若いというより、いとけないと言う方がしっくりくるから。


私が子どもだから——彼に恋をしないから、煩わしくないから、いつだって話しかけに行けて、彼は微笑んで構ってくれたのだ。


だから私は、瀧川さんに恋をしない。恋をしてはいけない。


私は瀧川さんに、恋していないふりを、している。


……私が瀧川さんに告白するほど、瀧川さんを知らないのは。

瀧川さんのことを、告白できるほどには知らないままでいられるように、何も聞かないでいるからだ。


小倉が好きなただの常連さんに恋をするなんて、一目惚れ反対派な私からすると少し難しい、と思えているのは。

常連さんの枠に当てはめておけば、関係を壊したくないなら何もするな、と自分を納得させられるからだ。


だって、私は瀧川さんに、どうしても嫌われたくない。


だって、私たちはどうしようもなく、店員とお客さまだ。
< 22 / 420 >

この作品をシェア

pagetop