小倉ひとつ。
帰宅して、予約取れましたって改めて日時とお店のURLを添えてご連絡する。


ご連絡ありがとうございます、から始まった返信は、日時を了承する旨の下にも丁寧に続いていた。


せっかくの休憩時間をほとんど潰してしまったと伺いました。お手数おかけして大変申し訳ありません。お願いした立場で恐縮ですが、立花さんにお会いできなくて残念でした——


明日お会いできるのを楽しみにしております、と締められた文面は、きっと社会人としての礼儀というか、瀧川さんの細やかさの表れ。


でも、どうしようなく嬉しい。


大好きなお店で瀧川さんとお茶できるなんて、夢みたいで。

服は何を着ようとか、何を話そうとか、今から考えている。


……できれば、一人称が俺のままだといいなと思った。


瀧川さんはそもそもあまり自分を前に出してお話されないので、今より距離があったときも、私と聞くのは珍しかった。

人前ではできる限り主語を省略している節さえある。他の人の名前もあんまり呼ばない。


だから、私って聞く機会があったのは、お座敷でお渡ししたりご一緒したりするときくらいだった。


でも、叶うなら。


もっとたくさんお話をして、もっとたくさん瀧川さんのことを知って、世間話だけじゃなくて、もっとたくさん個人的な話がしたい。


そうしてできれば、そのときの一人称が、変わらず俺のまま、戻らないといい。


届かない距離が明確に八年ぶんもあるって、忘れられる気がするから。


さかのぼれない空白を、ひとつ、埋められる気がするから。
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