小倉ひとつ。
いつしか名前を呼ばれなくなって、ふと気づいたら「かおりちゃん」が「立花さん」になっていた。

そうしていつしか、その名前すら呼ばれなくなった。


そのときの苦い感慨は、忘れることなんてできそうにないけれど。


それでも、関係だけは変わらなければいい。願わくば、隣に座れる子どもでいたい。


昔のように手を繋いでほしいなんて言わない。


昔のように、かおりちゃんと笑って呼んで、その大きな手で髪を撫でてほしいなんて言わない。


でもね、あなたがあんまり私の名前を呼ばないから、もう忘れ去られたかと思ってた。


かおりちゃんじゃなくていい。

立花さんでいい。

あなたが呼んでくれたなら、少しは救われるのに。


うるさい心臓は、知らないふりをする。


知らないふり、気にしないふり、気づかないふり。


私は気持ちを押し込めることだけうまくなっていく。


……ねえ、瀧川さん。私ね、瀧川さんが初恋なんだ。


もうずっと十年以上、初恋を拗らせている。


きっと叶わないことも、子どもでいなければいけないことも、恋する前から気づいていた。


だから何も言わずに過ごしてきた。


「好き」と言ったらおしまい。


幼い子どもの冗談のような「お嫁さんになりたい」という常套句でさえ、口にしたら彼に避けられると分かっていた。


……いつか、子どもの仮面を被れなくなったら、私はどうしたらいいんだろう。
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