小倉ひとつ。
朝ごはんをご一緒して、その流れで稲やさんまでお隣を歩き、店内でまた向かい合う。


いつものように小倉を注文しながら、瀧川さんが付け足した。


「たい焼き、綺麗につくれるようになったんです。ごちそうするのでよかったらいらっしゃいませんか」

「えっすごい、是非お伺いしたいです。でもその前にお祝いしなくちゃですね」


さすが瀧川さん、上達が早い。私、満足いく出来になるまで年単位で時間かかったよ。


思わず力んで言うと、お祝いですか、と瞬きとともに繰り返された。言葉尻が笑っている。


「はい、お祝いです。何がいいですか?」

「……そうですね、ええと」


少し言いよどんだ瀧川さんの、ゆっくり上がった視線がこちらを向いた。


「一服お願いしても構いませんか」

「もちろんです」


即答する。以前差し上げたことがあるんだから、稲中さんの許可はいただけるはず。


そこでお抹茶を選択するところが瀧川さんらしい。


瀧川さんは必ず、お土産も差し入れも、明確な形が残るものではなくて、消えものを選ぶ。


お手軽だからっていうよりは、多分、邪魔にならないようにって気遣いだろう。

全然邪魔になんてならないんだけれどな。


贈り物に慣れた大人の対応は、毎度小さな寂しさを連れてくる。


なんだか疚しさの表れみたいで、差し上げたものもいただいたものも写真を撮るのが憚られてしまって、その時々で大事に大事にいただくものの、私の手元に残るものがない。


思い出しか積み重ねられないのは、寂しい。


でも、贅沢なわがままだって、自分で分かっていた。
< 293 / 420 >

この作品をシェア

pagetop