小倉ひとつ。
「でも、もうそんな時期ですか。早いですね」

「ええ、もうそんな時期です」


するりと商品棚にそれた視線を追うと、見慣れた小倉たい焼きがあった。


私たちの媒体は、控えめな甘さと鼻をくすぐる香ばしさに彩られた、十年以上変わらぬ味をしている。


瀧川さんは視線を小倉たい焼きに落としたまま、小さくこぼした。


「……来週は、寂しくなりますね」


目は合わない。


社会人になったら、お昼をご一緒しないとこの前決めた。


わがままがなんとか見逃してもらえているのは、私がまだアルバイトだから。

大学生だから。


かおりちゃんが友達やお知り合いをお招きするときは、一緒にお話して来ていいんだからね、と稲中さんが何度もおっしゃってくださったからだ。

奥さんも、私もよく常連さんとご一緒するもの、いいのよって笑ってくださるからだ。


早く追いつきたいのに、もどかしい私の年齢にこんなところで甘えている。


瀧川さんは、友達でも、ただの知り合いでも、連れでもないのに。


「……ええ」


寂しくなりますね、とも、寂しいです、とも言えなくて、不格好に途切れる。


ずるい自覚はあった。

お互いに、今の状況は店員とお客さまの関係としてすれすれだって分かっている。これ以上、公私混同はいけない。


大学生じゃなくなったら、さすがにもう、子どもの仮面は被れない。

言い訳を手放したら、ひそめた恋を隠すのは難しい。


だから、今度こそ。


大人になったら——社会人に、なったら。


長い恋を諦める前に一度だけでいいから、私も社会人として、店員とお客さまじゃなく、社会人と社会人として。

お休みの日に、たい焼きや稲やさん以外のことでお出かけしませんかってお誘いしてみたいなあと、思った。
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