小倉ひとつ。
「遅くまでごめんね。終電そろそろでしょう」


時計を確認した要さんが、ゆっくり立ち上がった。


要さんはちゃんと大人だ。それから多分、私たちの間の年数を、言わないけれど気にしている。


未成年のうちはもちろん、大学生ではなくなってしばらく経つのに、折り目正しい距離を崩そうとしない。

お家でも外でも、いつも礼儀正しく駅まで送ってくれる。


でも、私は少し前から大人で、今はもう社会人で、要さんとは恋人なわけだから、せっかく今日はお家デートなんだもの、少しくらいわがままを言わせてほしい。


いつもなら慌てて準備を始めるところだけれど、迷いながら口を開く。


「……あのね、私、私ね?」

「うん。どうしたの?」


その、と手を握り。


「今日はずーっと一緒にいたいん、ですが。だめですか」


もちろんこのずっとは、一晩中、の意味である。


私にしては頑張ったお誘いに、要さんは駄目じゃないよと優しく笑った。


「じゃあ、今日はずーっと一緒にいて。お茶飲む? お酒もあるけど、今日は飲んでみる?」


すぐに飲み物の話題を振ってくれるあたりが優しい。


今日はその、ずーっと一緒にいてくれるんだし、お泊まりなら、移動しなくてもいいなら、多少酔っても問題はない、のだけれど。
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