小倉ひとつ。
結婚ならともかく、婚約をこちらから言うのも少しはばかられる。


言うか言わないか迷っていたのだけれど、お昼、たい焼きを食べる要さんの手元をふと見た奥さんが、聞いたり顔色を変えたりはなさらなかったものの、静かに瞬きをした。


要さんに目配せをしたら小さく頷いてくれたので、稲中さんご家族にお仕事終わりにほんの少しお時間をいただいて、ふたりでささやかなご報告とお礼をした。


その帰り、一緒に歩きながら、お互いの両親への挨拶をいつにするか相談しよう、という話になり。

それぞれ自分の家族に話をしたところ、私の家は基本みんな融通が利くので来週末、要さんのお家はご家族のお仕事の関係でその二週間後、つまり三週間後の週末に約束できた。


元々同棲を始めるときに誰と暮らすのか、関係性やどんな人なのか伝えてある。


要さんはともかく、私の場合は初めての一人暮らしだから、ある程度家族に話を通してあった。


ときたま週末に帰るときに送り迎えをしてもらっていたから、簡単な挨拶はお互い済ませている。


「ええと、その、この度婚約しまして……」と電話でおそるおそる切り出した私に、『あら、おめでとう』と母が受話器の向こうで穏やかに笑った気配がした。
< 390 / 420 >

この作品をシェア

pagetop