小倉ひとつ。

18.小倉、ふたつ。

「紙コップを見るとね、いつも思い出すんだ」


いつから好きだったかという話になったとき、要さんは静かに言った。

何度も考えて、何度も同じ結論に帰着したことがあるらしいその言葉選びは、慎重で迷いがなかった。


「前にも言ったけど、お茶をコップに入れてくれたでしょう。それで、ああいいなあって」

「え、それだけ?」

「うん。それだけだよ」


穏やかだけれど、思いの外強い口調が降る。


「それだけだよ。……それだけなんだ」


穏やかな断定に、へええ、と相槌を打つ。


手が届かないと思っていた要さんは、ささいなことを拾い上げて褒めてくれる。

それだけで目にとまるなんて、あの頃は思いもしなかった。


「ああ、でも」


伏し目がちにもう一度記憶を探って、ひとつ思い出したらしい。


「いただきものとかお土産とか、当然のように楽しげに分けっこしようとするところも、好きだなって思ってた」

「え?」

「ほら俺、何回かお土産とか差し入れとか渡したでしょう。その度に必ず稲中さんたちから言われるんだよ。今回のお土産もとっても美味しかったよ、どうもありがとうって。それって、かおりが稲中さんたちに分けてたからでしょう?」
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