小倉ひとつ。
「瀧川さん」

「……はい」


気まずさが大いに含まれた、かたい相槌。


「ホッカイロをお持ちしましょうか」


絶対に持って来ますので受け取ってください、という意思を込めて確認をしたら。


「……ありがとうございます。お願いします」


少し間をあけて、照れて困った微笑みの了承が得られた。


「貼るタイプと貼らないタイプがございますが、どちらになさいますか?」

「貼らないタイプをお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


背を向ける前に瀧川さんの手をよく見ると、爪が紫色だった。


そんな寒そうな手で大丈夫なはずがない。


うわあ、気づいてよかった……!


急いでホッカイロを貯蓄してある箱を開ける。


「こちらです」

「ありがとうございます」


受け取ったホッカイロの包装にちらりと目をやって、瀧川さんがいっそう穏やかな眼差しをした。


お配りするホッカイロには、私の手書きで「お疲れさまです」とか「頑張ってください」とか「風邪を引かないでね」とか書いてある。


今回お渡ししたのは、「お疲れさまです」のホッカイロ。


私は両手で持つくらい大きいホッカイロは、瀧川さんの片手にちょうどよく収まっている。


「……あなたの字だ」


ふいに、小さな呟きが落とされた。


優しくて穏やかで、思わずこぼれたみたいな何気なさ。
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