小倉ひとつ。
え。

ええと、独り言かな。違うかな。


崩れた語尾に一瞬返事をするか迷って、おそるおそる短く頷く。


「……はい」

「ああ、やっぱり」


ホッカイロから顔を上げた瀧川さんは、当然のようにきちんと私と目を合わせた。


毎回のことなんだけれど、話すときはちゃんと目を見る人なだけなんだけれど、でも緊張するものは緊張する。


立花さん、と瀧川さんは優しい声で私を呼んで。


「あなたの字が、とても好きです」


なんだかすごいことを、実に簡単に、聞き慣れた爽やかさで言った。


目の前には、美しい微笑み。


え。……え?


一瞬、何を言われたか掴み損ねて固まって、次いで何を言われたか分かって固まると、瀧川さんは通常運転な穏やかさで微笑んだ。


「すごく整った字ですよね。まるで印刷したみたいに綺麗なのにちゃんと手書きなのが分かるから、いつも素敵な字だなあと思いながら拝見していました」


なのに、とか。だなあ、とか。

それでいて拝見していました、とか。


瀧川さんが、通常運転な穏やかさで通常運転じゃないことを言うものだから、私はもう、ありがとうございます、と口ごもるのが精一杯だった。


ちょっと、あの、もう、駄目だ混乱する。耐えられない。
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