小倉ひとつ。
両手でホッカイロを挟んでしばらく両手をあたためていた瀧川さんが、手を握ったり開いたりして感覚を確かめてから、左手にホッカイロを握り直した。


かじかむような冷たさは和らいだらしい。


ペンを持った指先を見遣ると、爪はもう紫色をしていない。


……よかった。


書き留めの一番上に、「十三時 瀧川 胡麻ひとつ」と書き込まれる。


瀧川さんの字はくせが少なくて、相変わらず読みやすい。


「ありがとうございます。胡麻おひとつで承りました」


書き留めを受け取る。


……でも、瀧川さんが小倉じゃないなんて、ちょっと不思議な感じがする。


もちろんそんなことは言わなかったけれど、胡麻という見慣れない文字を見て少し瞬きしたのを、瀧川さんは聡く見取ったらしかった。


微笑んでつけ足してくれる。


「小倉が一番好きですが、稲やさんの胡麻も甘すぎなくて好きなんです」

「ありがとうございます。店主に申し伝えます」


瀧川さんは、甘すぎるものは好まない。


今まではそういう好みなんだなあくらいに思っていた。


でも、この前のたい焼きはお昼ご飯発言を鑑みるに、多分、あまりに甘いとご飯じゃなくておやつな気分になってしまうからじゃないかな。


プライベートのときなら、すごく甘いものでもたまに、季節のたい焼きを買うから。


瀧川さんが好んでよく食べる小倉は、ほっくり甘くて、ちゃんと小豆の優しい味がする。

お砂糖味のぎっしり重くて甘いあんこではない。


稲やさんでは大抵、お砂糖を控えめにして素材の味を活かす方針だから、甘すぎないものが好きな瀧川さんは稲やさんが好きなんだろうな。
< 59 / 420 >

この作品をシェア

pagetop