小倉ひとつ。
今まで必死に大人っぽい型にはめて整えていた言葉が崩れたのさえ気がつかずに、このひどくかすれた声は誰の声だろうなんて一瞬考えて、一拍してから口を滑らせていたことに気づいた。


瀧川さんは少し目を見開いてこちらを見つめている。


目が合ってはっとした。


待って、待って私今何を言った……!?


「いえ、ちが……くはなくてっ、寂しくなるのは本当なんですが、ええとそうではなくて……!」


ええと、ええと……!


支離滅裂な言い訳をしながら言葉を探したけれど、焦りからか見つからない。


というか完全に素の口調だった……! 待って待って上方修正したい、取り繕いたい……!


…………だって。


数少ない大人っぽさなのに。

ましてや、店員とお客さまという立場を明確にするならば、口調を崩してはいけないのだ。失敗した……!


「寂しいというか残念というか、お会いできなくなるんだなあと思いまして……! ええと、失礼しました……!」


焦りのあまりによく分からない感想を口走りながら、謝っていいものかも混乱した頭では判断がつかないけれど、勢いよく頭を下げて謝る。


ああああ。駄目だこれ終わった。これはひどい。これは駄目だ私。あんまりな失言だ。絶対絶対引かれたに違いない。


うつむく私には、瀧川さんの顔が見えないのがまだしも幸いだった。


引きつれた表情を見たら泣ける自信がある。


「…………ええと」


長い長い沈黙を最初に破ったのは、瀧川さんだった。
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