小倉ひとつ。
「嬉しいです」


それはまるで、本当に嬉しそうな微笑みで。


「すごくすごく、……嬉しいです」


照れたように緩んだ表情が、いつもより幼くて。


「立花さん」


はい、となんとか返事をした私に。


ありがとうございます、と、瀧川さんが、見たこともないくらい、あまりに綺麗に笑うので。


「っ」


社交辞令でもいいと思った。

この年上のひとを好きになって初めて、言わない後悔をしたくないと思った。


そうして。


「いつもっ……瀧川さんがいらっしゃらない日は、いつも寂しいですよ……!」


私はぐしゃぐしゃの顔で、そんなことを口走っていた。


「明日はいらっしゃるかな、いらっしゃるといいなって思ってますよ」


いつも、いつも。会いたいなって思う。

一番に来てくださるかなって思う。姿を探す。行ってらっしゃいませを言いたくなる。


いつも。

いつも。


好きですと、言えるいつかを思い描く。


叶わない願いだった。分かりきった無謀さだった。


それでも、こんな。こんな——


「ありがとうございます。……嬉しいです」


こんな、初めて見るほど甘やかな目をされたら、夢を見たくなる。
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