【完】ファントム・ナイト -白銀ト気高キ王-
莉胡が俺を見上げて、言いたいことを隠すようにくちびるを噛む。
あまりにも強く噛もうとするから、「噛まないの」と指で莉胡のくちびるに触れた。
「っ……、」
「それとも……
誰でもいいから、とりあえず東も西もキープしときたいってこと?」
するりと指をすべらせ、莉胡の顎先を掬う。
すこしでも動けば吐息が触れ合う距離に莉胡が目を細めて、息を詰める。そんなことない、と首を横にふるその姿がひどく弱々しいのは、俺のせいか。
「な、んで……そんなこと言うの……?
わたしはただ、春と向き合いたいと思ってるの。十色はわたしたちを面白がってるだけ、」
「なら、なんで……
今日、十色さんに連絡したわけ?」
落ち着け、と自分でも思っているのに、言葉が止まらない。
なにを言っても莉胡を傷つけてしまうとわかってるのに、一度外れた箍(たが)は、もう元にもどせなくて。──壊してしまう方が、ずっとずっと、容易かった。
「それは、咄嗟に、」
「そういう咄嗟の行動に無意識で本心が出るんだろ。
……だから嫌なんだよ、ずっと」
「千瀬、」
「莉胡は俺のこと幼なじみだからってすぐ口にするけど……
何年も一緒にいた俺じゃなくて、そうやって"咄嗟の行動"で別の男を選ぶ」
莉胡がまた目を細める。
けれどそこに孕んだ感情は、さっきと何もかも違う。──でも、ちゃんとわかってる。そんな顔をさせてるのは、俺だ。
「だから、莉胡の幼なじみなんて嫌だったんだよ」
……ああ、最悪だ。
そう思ったのは、自分で口に出した瞬間だった。──そしてすぐに俺の視界に入ったのは、いままで見たことがないほどに傷ついた顔の莉胡。