【完】ファントム・ナイト -白銀ト気高キ王-
──がたん、と、どちらが立てたのかわからない、椅子が微かに浮いて重力に負けた音。
静かな雨音の中で絡めた指先をさらにきつく絡め取るかのように、身を乗り出す。
「……春、」
至近距離で見つめた莉胡の瞳はわずかに潤んだ状態。
だけど莉胡に拒む気がないことを確認してから、空いた方の手で、莉胡の髪を撫でて、引き寄せた。
「ん……、」
絡んだ指先は今も尚、きつく絡んだまま。
曖昧な境界線が壊れて、だけど恋人にすらなりきれない不安定な状態で。──これ以上を求めるわけには、いかなくて。
「……莉胡」
キスの隙間で呼んだ名前。
はらりと、未練ある恋に終止符を打てずに、こぼれ落ちる莉胡の涙。
「……織春」
いつぶりかに聞いたその呼び名に、ゆっくりと距離をつくる。
俺が席につき直したのを見て、こぼれ落ちた涙を指でぬぐった莉胡は、はあ、と涙まじりの吐息を吐き出す。
「……まだ好きな人がいるって言ってるのに、
キスを受け入れたわたしが悪いのよね、」
「……莉胡」
「いいのよ……
春をおざなりにするようなことは、しないから」
淡い熱を共有した指先も、いまは空気に触れるだけ。
何も言わずに自問自答の答えを導いた莉胡は、「座ってて」と晩飯を終えた食器を重ねてそれをキッチンへ持っていく。
あまりにも静かな空間を、裂くように。
雨音が強くなった、次の瞬間。