旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
「ワンッ」
簡単にまとまった荷物を手に下へと降りると、玄関の前ではノワールがいつものように目を輝かせて待っている。
私が外に出ようとしているのを、散歩に連れて行ってもらえるとでも思っているのだろうか。
「……ごめんね、ノワール。散歩じゃないよ」
毛艶のいい頭をよしよしと撫でると「じゃあね」と玄関から外へ出た。
「杏璃?」
すると、突然名前を呼んだ声に、心臓はギク、と嫌な音をたてた。
見ればそこにいたのは、戻ってきたところらしい玲央さん。
本当にすぐ行って戻ってきたらしい、その手が持つ袋にはグレープフルーツジュースと書かれたボトルが透けて見える。
「どうした?瑠奈と一緒にいるのに耐えきれなくてノワールの散歩か?」
「いえ、あの……」
不思議そうにたずねる彼に、なんと答えていいかわからず口ごもる。するとその目は私の手元のボストンバッグへと留まった。
「その荷物、なんだ?」
「え、えっと……」
言わなきゃ。
普通の顔で、なんてことないことのように。笑って、さよならって、おしまいって。軽くでいい。
そう心の中で何度も言い聞かせ、私はへらっと笑みを見せた。
「すみません。私、今日限りでこの家を出て行きます」
そんな私に、その顔は驚き目を丸くする。
けれど徐々に言葉の意味を把握するかのように眉間にシワを寄せ、険しい顔を見せた。
「は……?なんだよそれ、どういうことだよ、いきなり。瑠奈になんか言われたのか?」
……察しがいい。
すぐ瑠奈さんの名前が出てくるあたり、彼女の性格やどんなことを言いそうかなどわかっているのだろう。
けれど私は否定も肯定もせずに、作った笑顔を貼り付けたまま。