旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
「別に、大切なピアノなんかじゃない」
そう一度否定して、彼はそんな自分に対して鼻で笑うように「ふっ」と声を漏らす。
「……とか言いながら、そのピアノひとつに、いちいち過剰に反応してるなんて、笑えるよな」
笑えていない笑顔と自虐的な言葉から感じるのは、その心にある、ピアノのことを諦め切れない自分への呆れや悲しみ、苦しい気持ち。
そして彼はその気持ちを抱く自分を責めているのだろうか。
「そんな自分にムカついて、杏璃に八つ当たりした。だからお前は、悪くない。……ごめんな」
二度目の『ごめん』のひと言とともに彼が見せたのは、色のない瞳を細めた、悲しげな笑みだった。
その表情に、胸はぎゅっと締め付けられ、私のほうが泣きたくなる。
けど、ここで私が泣くのは違うと思うから。それをぐっと堪えて彼の目をしっかりと見据えた。
「あのピアノ、本当に大切じゃないんですか?」
問いかけに、玲央さんは言葉をつぐむ。頷きかけて、躊躇って、小さく頷いた。
「……あぁ」
けれど小さな声に、それが本心ではないことは感じ取れる。
彼が、そんな表情を見せるから。
嫌いだ、と言われたとしても、触れるな、と拒まれても、勝手なことだと言われても。
それでも私は、手を伸ばしたいと思ってしまうんだ。