旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
「……築いてきたものが全て、無駄に思えた」
遠い目をしてつぶやく彼に、私はピアノを撫でるその手を両手で包むようにぎゅっと握る。
「無駄なんかじゃ、ない。ちゃんとここに残ってます」
「え?」
長い指をした彼の大きな手は、動かした直後だからか、熱い。
それは、彼のピアノへの熱量を表すかのようだ。
「玲央さんがピアノを好きだって気持ちも、優しい音も切ない音も、全部伝わってきました。私の心を、揺さぶってくれた」
その音で、あなたの心を知る。
それは、これまで築いてきたその指先だからこそ奏でられる音。
それを無駄なんて言わないで。
ちゃんと、ここに生きているよ。
あなたの音は、響いているから。
「玲央さんのピアノの音が、大好きです。だから時々、ほんの時々でいいから、また聞かせてください」
自然にこぼれる笑みとともに伝えた気持ち。
その言葉に彼は少し驚いて、固まって、困ったように眉を下げて笑う。
「……気が向いたら、な」
その笑顔もまた、初めて見る表情のひとつ。そんなあなたの姿が、また心を揺さぶってくれる。
光に包まれたチャペルの中、ぎゅっと握る手に力を込めると、握り返す彼の手の、力強さを感じた。