長い夜には手をとって
1、人生って波乱万丈
①全部まるっと消えてました
その日その瞬間。
人生っていう名の海を泳いでいるんだって日頃から考えている私は、まあ言ってみれば、真っ黒な海底で底が見えない海溝を見つけた気分だったのだ。
なだらかな大陸棚が続いていたのに、それは突然、パカッと口を開けて現れた、そんな感じ。
海溝は大きな口をあけて、下から私を見上げている――――――――――
綾が出て行った。
11月の最後の日曜日で、私の手元には一枚の白い紙。
それには、綾の、細くて踊るようないつもの字がコロコロと並んでいた。塚村凪子様、と一番上に書いてある。
ざっと見たところで『ごめんね』だけは読み取れた。ごめんって何よ。若干寝ぼけた頭でそう思ってから、私はハッと顔を上げて、紙を投げ捨てて部屋の中を疾走する。予感がした、としか言いようがない。階段を駆け上がって2階へのぼり、私の部屋の6畳の和室へと突入した。
さっきまで寝ていたので部屋はまだ暖かく、綾がいつも言う「凪の匂いだ~」がそこら中に漂っていた。その部屋の端に置いたベッドの上に飛び乗って、私は焦る両手で天井板を一枚ずらす。片手を突っ込んで、キャンパス地のバックを掴もうとして―――――――
「・・・え、あれっ?!」
ない。
ないないないないない。私のバックがない。
一度降りてからベッドの上に枕や毛布を重ねて高くし、もう一度よじ登る。それから、震える手で体をささえて、そっと天井裏に顔を半分入れてみた。
見えるのは、広がる天井裏の暗さと埃だけ。
やっぱりない。どう見てもない。・・・私のバックが、ない!
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