長い夜には手をとって
お邪魔します、と玄関に入り、彼はドアを閉めた。髪は伸ばしているのか伸びているのを放置しているのか、後頭部で一つにくくられている。清潔ではあるけど、ラフ。全身から自由な雰囲気がする人だ。私はじっと見ながらそんなことを思う。普通のサラリーマンじゃなさそう・・・。
その時、台所でお湯が沸騰して、しゅんしゅんと音をたてているのが聞こえた。
「あ、お湯だお湯!」
バタバタと台所へ駆けていって、ついでだからとカップを二つ出す。
「あの、コーヒー、飲みます?」
「ああ、嬉しいな、頂きます。凄く外が寒いし、コーヒー好きなんで」
物珍しい顔でキョロキョロと家の中を見回しながら入ってきた綾の弟さんは、すすめる前に椅子をひき、鞄を床へ下ろす。
「どうぞ」
「どうも」
小さなテーブルに湯気の上がるコーヒー。そのいい香りをかいで、私の神経が落ち着いてきた。
前に座る男性をちらりと見る。彼は未だに周囲を見回していて、その表情は面白そうだった。綾と出会って4年、一緒に住んで3年、彼女から弟の話を聞いたことがあるのはほんの数回だけだったはずだ。何て言ってたかな、職業は、えーっと・・・。
「いい部屋ですね。あそこは姉の雰囲気だけど・・・こっちは違う。あなたの好みなんでしょうね」
部屋の隅に置かれた小さなソファーを指差して、彼が言う。確かにそのソファーは綾が持ってきたもので、彼女好みの明るい配色のストールがかけてあった。目元はちょっと違うけど、顔の形、それに眉毛の辺り、確かに綾に似ている。本当に彼女の弟なのだろう。