長い夜には手をとって


 弘平は何かを言いたそうに身を乗り出したけれど、私が窓の外を凝視しているとため息をついて車を動かした。

 家へ繋がる細い路地へと入る手前で弘平は車を停める。ありがと、と呟くように言うと、私はそそくさとドアを開けて降り、路地へと入る。足がもつれてうまく歩けず、こけるかと思った。

 冷たい風が有難かった。お陰で頭が少しはハッキリとした。ようやく現実世界に戻ってこれたようだった。

「ナギ!」

 運転席のドアを開けて、弘平が降りかけて呼ぶ。

 ぴたっと足を止め、私はゆっくりと振り返った。

 暗くなった道の上、外灯に照らされて、弘平と車が輝いて見える。彼は真面目な顔のままで言った。

「1週間、考えてくれ」

 彼の吐く息が白く光る。

「1週間後、返事を聞きに来る。――――――お前を迎えにくるから」

 私は言葉を返さずに、路地に走りこんだ。

 後ろで車のドアが閉まる音が聞こえる。私は鞄を握り締めて走る。家へ、家へ。

 あの家へ。


 駅前に自転車を忘れてきたことに気がついたのは、それからしばらく経ってからだった。


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